2015年03月11日

イオブログ グーグルアドセンス

Google AdSenseを利用した広告の配信について
Google AdSenseを利用した広告の配信について

平素はeoblogをご利用いただき、誠にありがとうございます。

現在、eoblogではGoogle AdSenseを利用した広告の配信を一時的に停止しております。
広告配信について、現在調整を行っ ておりますので、配信再開までお待ちいただきますようお願い致します。

お客様にはご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。

というお知らせが3月3日にあってから、一向に広告が反映されません。最初は分からずに何か設定をいじったかな?と思いつつ調べてもどこもおかしいところが無く、疑問は増すばかり。

結局調べたらこういうこと。配信について調整という事は、eoとgoogleで何かもめているのかな?


ということでしたが!また!

Google AdSenseの配信再開について. 平素はeoblogをご利用いただき、誠に ありがとうございます。
イオブログのGoogleアドセンスの配信を一時的に停止していましたが
配信を再開したことをお知らせします。

なぬ?!

いけるの?!


と思いきや…


貼れない!!!、、、!


どうなってるのイオブログさん!

結論まだ貼れません(笑)
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2015年03月10日

そーせい 失われた時を求めて レポートの書き方

今回この「失われた時を求めて」の課題範囲を読んで、「私」にとって小説を書くこととは、自らが体験した「真実」を知的常識にとらわれることなく、「言葉」というツール通して自分がその瞬間感じ取った一度限りの事象をありのまま表現することのできる唯一の手段だと考えたと私は理解しました。「プティット・マドレーヌ」からすべての回想が始まることから分かるように、この小説の主なテーマは記憶と認識ですが、今回はまさに課題がテーマに近くまで迫っているように思いました。本文の中で「私」は読書中に想像した景色や風景とリンクする場面に出くわした時でさえ、そのイメージや匂いの背後にある違和感に苦しめられるのである。課題内本文の最初に「私の思考こそ、もう一つの 隠れ家と言えるのではないか。」とあるが、「私」は後でその事実を実感することとなるのである。本文の前半では小説を読むことについて哲学的見解が書かれている。小説家は心の入りきれない領域を、同量の非物質的な領域に、つまり私たちが吸収できるものに置き換えたのである。「私」はその上でじつに多様な状態やイメージが想起し、読んでいる本の哲学的豊穣さ、美点にたいする信頼であり、それをわがものにしたいという欲求にかられたのである。その結果「私」は小説から影響をうけることで例えば女性を思い浮かべる際など、無意識のうちに女性の両脇には、たちまち赤味をおびた紫色の鈴なりの花が補色のように立ち現われるのであった。
これはその本の筆者がその景色を選んだからこそ、作者の言葉を啓示のように迎えようとする私の思考に信頼を置いていたからである。「私」には「自然」そのものの真の一部で、
いわばその理解不能なところを認識するのが、漠然とはいえ永久にかわることのない思索の目的になったのである。後半にあたり「私」はしばしば真の「記憶」とは何かを自問自答し続けるのである。これはいわばひとつの「認識」の問題として捉えることができる。
「私」にとって私たち自身が日々の中で習慣的に認識している事象は、その事象が本来持っている真の姿とは大きくかけ離れていると言っている。本文中にある、「自分の外にある対象を見つめるとき、それを見ているという意識が私と対象のあいだに残り、それが対象に薄い精神の縁飾りをかぶせるため、けっして対象の素材にじかにふれることはできない。」
という文章から分かるように、知性を用いて認識された事象は知識の枠組みの中でしか理解することが出来ない。その結果枠内のみならず、その外部に存在する部分をも捨て去ってしまうこととなる。しかし事象本来の「かたち」はその枠組みの背後に隠れ、決して見つけることは不可能である。そのことを踏まえたうえで私が最も興味深く感じたのは最後のマルタンブルの鐘塔がある道に通りかかる場面である。文中ではちょうど「この動きの背後に、この光るものの背後に、鐘塔に含まれていながら隠されているものがある気がしたのである。」と回想する場面である。


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ここではマドレーヌ体験で「私」が感じた喜びが反復されている。
つまり「特殊な喜び」に出会う中で「真実」への接近が期待されているのである。
マドレーヌ体験の「味覚」「嗅覚」と同様、今回の事象も馬車の運動による「五感」が含まれているのである。この反知的な認識は重要であり「私」は感性を通してその背後に存在している何かを認識しようとしているのである。馬車の中で「私」はひたすら背後の存在について考えます。しばらくして三つの鐘塔の背後に隠れていたものが「言葉」として頭の中に浮かんできます。その瞬間「私」は紙とペンを借りて小文を書くのだが、そこにはいくつかの点で興味深い特徴がありました。まず鐘塔はまるで人間のように意志を持った客体として行動しているのである。本来主体であるはずの「私」はこの文章の中では鐘塔との関係が逆転している。その時、その瞬間「私」が感じ取った事象の「真実」 は知的常識を用いることでは表現することは不可能であったのである。
逆に、この場面における隠喩、擬人法(レトリック)は「私」自身が体験した事象を表現する上で必要不可欠なのである。これはいわば知的常識では表現できなかった事象を「言葉」を用いることで可能にしたという点で知的常識を超越したともいえよう。
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在日ファンク 韓国,中国問題 レポートの書き方

まず始めにこの物語の主人公は金俊一(キムデュニル)さんです。彼は日本で生まれましたが韓国籍を持つ在日3世の大学生です。テーマは1910年の日韓併合による朝鮮の植民地支配です。彼のプロフィールから父や祖父の密入国体験といった家族の歴史が綴られています。俊一さんの祖先が初めて日本に渡ったのは1932年の頃でした。動機は朝鮮で飢饉や水害が多く発生したためにひいおじいさんが家族四人で日本に渡りました。おそらく日本の植民地支配が主な原因だったのだと思います。現に掲載されてある過去一覧のグラフを見ると1910年から1944年頃にかけて在日朝鮮、韓国人が200万人にまで増加しています。
朝鮮が植民地にされている間、おじいさんは土木の仕事に就き、後は独立して国道を作っていました。その際も飯場に犯人をかくまったとして留置所に一ヶ月入れられるなど理不尽な事をされたそうです。
1945年に日本はアジア太平洋戦争に負け、植民地にされていた朝鮮は翌日解放されます。強制連行や出稼ぎで日本に来ていた多くの朝鮮人は喜んで故国に帰ろうとしましたが、おじいさんは後片付けのために日本に残り、おばあさんと離れ離れになってしまいます。そんな時に金俊一さんのお父さんは朝鮮で生まれました。
おばあさんはどうしても日本に行きたくてヤミ船に何度も乗っては捕まり、乗っては捕まりを繰り返し、日本にたどり着きました。
祖国では国が2つに分裂され、朝鮮戦争が勃発しました。
おじいさんと父が韓国にいるおばさんに会えたのはずっと後のことでした。1959年に朝鮮民主主義人民共和国への帰国事業がはじまり、1972年には「南北共同声明」を発表しましたが、未だに統一は成立していません。1980年頃からようやく在日朝鮮人の人権を守れという運動が活発になり、指紋押捺義務などが撤廃されました。私はこの本を読んで、本人に比べたら少しかもしれませんが金俊一さんの辛さが伝わりました。
もともと社会科目や歴史科目は得意だったので昔からよく勉強しました。大学受験でも朝鮮史は特に得意だったので今回の課題レポートの内容にはとても興味がありました。
私は日本には韓国や朝鮮に対して様々な偏見を持っている方が特に多いと日々感じています。
世界各国を見ても隣り合わせの国はあまり国交が無く、友好でないのが現状です。ですが、人によって意見や捉え方は十人十色ですが、1910年に日本が日韓併合により朝鮮という国を地図上から消し去った歴史的事実は日本人なら必ず知っておくべき事で、忘れてはいけないと思います。
植民地にして支配することはあったとしても国ごと併合してしまったのは稀に見る歴史的事実です。
わたしはこの事実を真摯に受け止めないような者は朝鮮に対して意見を待つ資格はないと思います。
韓流ブームなどで盛り上がっている若者の中にこの事実を知らない人が何人くらいいるのかという疑問もあります。


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自分たちの行為を悔い改めることが金俊一さんの夢である在日朝鮮、韓国人が差別されることなく堂々と生きていける世の中になるための一歩になるのではないでしょうか。
そこからお互いをよく知り、仲良くなり、隣人として平和に暮らしていけることを私も願いま
posted by あやの at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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